取材・文:コピーライター 吉田千尋
千葉県・南房総の漁師町、鴨川。水村さんがこの地にアトリエを構えたのは、30年以上前のこと。最終回はこの風景を訪ね、豊かな自然の中で話を伺います。
「ここに住む前は、鴨川といえば“海”だと思ってた。でも、住んでみると山の中もすごくいい。海のイメージを持ってるのは“旅行者”なんだ。俺もそうだった。“生活者”になると、見え方が変わってくるんだよ」
水村さんの言葉通り、海辺から少し離れると景色の色と匂いが変わり、のどかな田園風景が広がります。その向こうに見える山のふもとあたりが、アトリエのある場所。大空を舞うとんびの声を聞きながら、細い坂道を登っていきます。
「この道は、6月頃からどくだみが両脇にばーっと咲くんだよ。それがすごくきれいなんだ。どくだみはここへ来てから何枚も描いたよ」
水村さんに描かれたどくだみは白い十字の花びらが何とも可憐で、こんなにも愛らしい花だったのかと驚かされます。
「東京にいた頃はよくトイレのまわりでこの花を見たけど、みんなに嫌われていて気の毒だと思ってた。でも、そんなの思い込みだよね。向こうは向こうで勝手に咲いてるんだから。花は人間のために咲いてるんじゃない」
そう思うようになったきっかけは、恩師である洋画家・寺田政明先生の言葉。寺田先生のアトリエの庭には彼岸花が炎のように群生し、玄関が開かないほどだったとか。それを見ながら、寺田先生は水村さんに言ったそうです。

アトリエに続く道を歩く。
「柿もみかんもなるし、春にはふきのとうが顔を出す。山もいいよね」
「どくだみ」
2013年に描いた作品。どくだみは油絵、竹紙絵ともに多く描いている。
「彼岸花を忌み嫌うものとして見るんじゃないよ。彼岸花には、彼岸花の美しさがある。偏見を持たずに花は花として見ないと、絵描きじゃない」
「あざみ」
秋を告げる色鮮やかな野あざみも、水村さんが多く描いている花のひとつ。
その言葉の意味が、鴨川へ移り住んだことでさらに深く響いたという水村さん。
「ここらは自然が身近だから、あざみに水仙、菜の花、ひまわり…季節ごとにいろんな花が咲くんだ。その中に彼岸花やどくだみもある。鴨川へ来て、思い込みじゃなく花を花として見られるようになった」
東京の下町で育った水村さんにとって、驚きと新鮮さをもたらした鴨川の風景。
「季節ごとに、描きたいと思うものが目に飛び込んでくる。俺は鴨川に来なかったら、こういう絵は描かなかったんじゃないかと思う」
「菜の花」
春になるとあたり一帯を明るく染める菜の花を描いたデッサン。