取材・文:コピーライター 吉田千尋
「思いのままに激しく、ひたむきに描いていた10代、20代。その頃に比べて俺は妥協していないか、ずるくなっていないか。それをいつも考えるために、当時の絵を置いて見ていたい。つまり、“一画学生”でいたいんだ」
自分の美術館を開設した理由を尋ねると、そんな言葉が返ってきました。
今年、当コーナーで紹介していく画家・水村喜一郎さんは、2013年5月、長野県東御(とうみ)市に「水村喜一郎美術館」を開設。同年8月、水村さんの作品を御所に飾っている天皇皇后両陛下(今の上皇上皇后両陛下)が来館されたことでも話題になりました。
常設展示は、作家の水上勉さんなど多くの著名人も魅了した温もりあふれる油彩画が中心。そして奥の一角にあるスペースでは、絵の具を厚く激しく重ねた鮮烈な印象の作品が並びます。
その画風が変わったのは、恩師の一人である画家・庫田(くらた)てつ先生との出会い。棟方志功などそうそうたる芸術家が所属する美術団体の重鎮だった庫田先生は、20代だった水村さんの絵を高く評価しつつも、「大きい絵も小さい絵も、すべて“ひとつの世界”。だから、隅々まで心を行き届かせなければいけない」と助言します。
「そうだなあ」と、素直に思ったという水村さん。それからは熱い思いを秘めつつ、きめ細やかにひとつの作品を完成させていきます。
水村さんのこだわりを形にした美術館。
周辺には里山の風景が広がり、タヌキやキツネなどの小動物が現れることも。
10代の頃の作品と向き合う。この一室では4/12~20の期間中のみ、特別展として画家仲間22名の作品を展示。
高校時代、何も見ずに10分で描いたという「自画像」。当時は短時間で思いをぶつけるように描くことが多かった。
生まれ育った東京の下町、北千住辺りを描いた「引き込み線のある風景」。
「でもね、青春の情熱を純粋に傾けた10代の思いを忘れたくない。絵の具の使い方をわかっていなかった頃に比べて、“無難”になりたくない、負けられない、というのがいつもあるんだ」
美術館で人々を迎えるのは、そんな激しさを抱きながら描いてきた作品の数々。絵の前に立つと、こちらに強烈に迫ってくるのではなく、すうーっとその景色に柔らかく吸い込まれてしまうような、不思議な感覚を覚えます。
すると、「そうでしょう? わかる?」と、悪戯っ子のように笑う水村さん。その秘密に迫るべく、さらにお話しをうかがいます。