
荒川から離れ、次は街の中へ。線路沿いの道を歩いていきます。新しいマンションが立ち並ぶ北千住周辺。
「ずいぶん変わったけど……」
とつぶやきながら、遠くから近づいてくる踏切の音を頼りに、当時の記憶をたぐり寄せていきます。
見えてきたのは、マンションの間をまっすぐ貫いている遊歩道。緑のアーチが生い茂り、美しく整えられています。街中では特に珍しくはない光景ですが、実はかつてこの場所に「線路」が敷かれていました。

隅田川と荒川に挟まれた北千住周辺。踏切が近づき、水村さんの足取りはどんどん軽くなっていく。

石畳の遊歩道は、かつて「引き込み線」があった場所。
「引き込み線のある風景」
手前から奥へと続く引き込み線は、現代に生きる私たちを昭和の時代へと誘うかのよう。横切る高架の向こうで空がひとつにつながり、大きく広がっている様子が表現されている。

頭上を京成スカイライナーの車両が通り過ぎる。過去と現在の線路が交差する場所。
水村さんの少年時代、この近くに何本も走っていた「引き込み線」。それは工場が自社専用の運搬用に、一般の鉄道から伸ばしていた線路のこと。本線から分かれたレールの向こうにいくつもの町工場が立ち並ぶ独特の風景を、水村さんは数多く作品に残しています。
「引き込み線って、今の人はわからないよね。でも、すごく絵になる風景でしょ。情緒があるよね」
この周辺にあったほとんどの引き込み線はすでに姿を消していますが、役目を終えながらもそのまま残されているところを発見。レールの上に立ち、
「『兵(つわもの)どもが夢のあと』って感じだな」
と、しみじみつぶやく水村さん。
次は隅田川のほうへ向かいます。車の往来が一段と激しい明治通りの「白鬚橋(しらひげばし)」へ。
「ああ、信号の場所もそのままだな。ちょうどこのあたりから見て描いたんだ」
のびやかなアーチが美しい白鬚橋。堂々たるそのシルエットは、きめ細やかなデッサンで描かれていました。
「今の橋も描きかけたけど、筆が進まなかった」
と水村さん。白鬚橋が現代の姿になったのは昭和6(1931)年、つまり水村さんの少年時代にはすでに同じ橋がかかっていたのですが、周辺の景色は大きく変わりました。橋の上の空を占めるのは、巨大な複合施設。ひっきりなしに行き交う人と車……。
「これが嫌いな風景ということじゃない。でも、だからといってどんどん描けるとは限らない。理由は俺にもわからないんだ。神様が降りてきた!っていうときもあるんだけどね(笑)」
「白鬚橋(しらひげばし)」
行き交う人、車の数がまだ少なかった昭和の半ば。現在、橋の向こうには空を大きく切り取るようにビルが建つ。

デッサンで精緻に描き込まれている美しいアーチは今もそのまま。橋からはスカイツリーが見える。