HOME > 画家の一言 ~2026年 秋冬~ 「私の生きる道」

まずは感謝を
1957年、ポリオに罹患し両手が不自由なドイツ人のA.E.シュテッグマンと、同じ境遇の数名の画家たちによって「口と足で描く芸術家協会」は誕生しました。今日では世界中に多くの仲間を持つ団体へと成長しました。両手の自由を奪われた絶望から立ち上がり、口や足で絵筆を握るまでの道のりは、皆、決して平坦ではありませんでした。しかし、描かれた一枚の絵画が皆様の心に届き、日常に彩りを添える瞬間、画家たちは大きな歓びと生きがいを感じてきました。障がい者の自立という理念に共感し、画家たちの作品を愛し、温かいご支援をお寄せくださる皆様方に、まずは深く感謝申し上げます。

展覧会の開催(2026年の東京交通会館にて)
障がい画家たちは、なぜ口や足に絵筆をとるのか
生まれながらに両手が使えない障がい者、また様々な事故や病気により手の自由を失い、車椅子生活になった障がい者、協会には先天的、後天的を問わず、両手の自由を失った障がい者がいます。
彼らは一様に残っている機能、すなわち口、あるいは足を使い、少しでも手の代わりができるように生活していきます。後天的に障がいを負った者は、まずは口にペンをくわえ、文字を書くリハビリに励みます。その過程は、事故により手足が動かなくなった多くの人が通るリハビリです。その後、口に絵筆をくわえ絵を描いたり、口にくわえたスティックでパソコンを操作したり、残された機能を使ってこれからの人生を模索します。そしてその中の何人かは、絵を描くことが自立への大きな支えとなっていきます。
牧野文幸(岡山県)
(牧 野)
何もすることが見つけられず、ただ時間をやり過ごすだけの日々。漠然とした焦燥感に追いかけられるなか、リハビリの先生から勧められて「描くこと」を始めました。それは、大きく抜け落ちていた何かを補完し、やがて、「生きること」と同等の意味を持つものとなりました。「描くこと」と出会えたことで、「死んでいないだけ」の人生が「確かに生きている」と言えるものへと昇華したのです。
西岡良介(広島県)
(西 岡)
絵を描くことは喜びであり、また苦しみでもあります。
絵を描いていると、時に、自分の心に浮かんだ絵のイメージよりもはるかにうまく表現できる事があります。そんな時には大きな幸福感に包まれます。いくら描いてもうまく色が出ない、きれいな線が引けない、そんな時には情けない思いで自己嫌悪に陥ります。
毎日が喜びと苦しみの繰り返しです。
協会の掲げる理念…① SELF-HELP,NOT CHARITYとは
ごく当たり前に日々を過ごしていた、あるいは幼少期にはその障がいを理解できなかった者が、手が自由に動かせないという事実を突きつけられます。その衝撃は、言葉では簡単に言い表すことはできません。多くの者が自暴自棄になり、家族につらくあたり、失意の日々を過ごします。しかし、絵筆を口にくわえて絵を描いた時、一筋の光を見つけます。
SELF-HELP,NOT CHARITY
「慈善ではなく、自立を」
つまり、ただ援助を受けるのではなく、自分の力で人生を切り拓く道を見つけていくのです。そして、自らの生活を、絵を描くことで営んでいくのです。
自立した生活(画家同士で交流)
古小路浩典(東京都)
(古小路)
多くの皆さんに好んで使っていけだけるような楽しい商品制作に励む日々です。そうした糧で日々の暮らしを営み、絵描きとして社会参加できることの大きな歓びを身体いっぱいに感じています。

協会はどうやって運営しているの?
協会に参加すると、障がい画家たちは、一年に数枚の作品を提出することが義務づけられます。描く素材は何でも、自分の感性で、静物画でも、風景画でも、かわいい動物画でも、もちろん巧拙は関係ありません。画材も、油絵でも、水彩画でも、アクリル画でも、日本画でも、色鉛筆画でも、問われることはありません。それらの絵画が評価され、障がい画家たちには奨学金が協会から支払われます。仮に一人の優秀な画家がいるとします。その画家は素晴らしい絵を描きます。でも、その絵を販売しても、収入はその一人の画家のものにしかなりません。そこで、協会では、絵を複製して様々なグッズにします。その結果、たくさんの皆様にお買求めいただけることになり、それが画家への支援につながります。
そして、様々なグッズをお買上げいただき、多くの皆様にご愛用してもらうことによって、両手の不自由な障がい者たちの、描く絵を通しての活動を知っていただくことも協会の大切な使命です。皆様に愛されるグッズとなる絵が描けることは、障がい画家にとっては、社会参加している喜びをダイレクトに感じられる瞬間となります。
(牧 野)
協会に所属することで、自身の絵が製品として世に送り出されるという喜びも得られるようになりました。もちろん、自分の作品を採用したものが、きちんと売れたのかどうかという厳しい評価もついて回りますが、そういった緊張感を持った環境で制作することが、さらなる向上心に繋がってくれているのです。
収益はどうするの?
今、協会には世界約70の国々に障がい画家がいます。それぞれの国が、それぞれの方法でグッズを製作、皆様にご購入いただいております。その収益は全て協会に集められます。どの国の障がい画家も、皆、平等に評価され支援を受けています。成長過程の画家は奨学金として、自立へ向かっている画家たちは生活費として協会からの支給があります。それ以外にも、協会の広報活動や障がい画家たちの発表の場としての展覧会の開催、画家たちの交流の場を提供するために収益は使用されています。
協会の掲げる理念…② 助け合いの輪
ぐるぐる回っています
技術的に未熟な画家たちが成長して、画家として独り立ちすることが最終形ではなく、技術も向上し、自立へ向かいつつある画家が、自分の描いた絵によって次の成長過程の画家を援助していきます。
奨学金制度(若い奨学生)

木村浩子(沖縄県)
(木 村)
一人で歩くことも座ることもできない私が、唯一動かせるのは左足先だけです。重度障がい者の私が、一人の画家として認められ、個展を開き、多くの人々と出会いました。この感謝の気持ちは一生忘れません。これからも芸術を目指す手の使えない若い人たちのために、私にできることをしていきたいと思っています。
明日への光を見つけるために
作品を通じて多くの人と出会い、評価されたり共感してもらえたりすることの喜びと感謝を込めて、最後に、協会のために真摯に活動してくれた画家の言葉を伝えます。
(牧 野)
世の中には、自分の存在意義を見出すことができないまま暗い闇へと迷い込んでしまい、明日への希望を失いかけてしまっている方々が、少なからずいることと思います。私が、「描くこと」と出会い「生きること」の意義を見つけられたように、微力ながらも、私達の絵画がそういった方々の明日への光を見つけるための、きっかけの一つになることができるならと願わずにはいられません。
これからも「生きること」を続けていくためには、大勢の人たちの善意の支えに頼らなければならないのであるということを決して忘れる事はないでしょう。

