『暗闇の中の一筋の光』



奨学金給費生、梅宮 俊明 です。

 梅宮俊明さんは、活発な少年だった。仲間たちの先頭に立ち、ザリガニ捕りによくいった。野球をすれば、力いっぱい投げ、打ち、走る。毎日夕暮れまで、泥んこになって遊んでいた。明るく元気な俊くんは、学生時代、いつもクラスの人気者だった。  19歳のある日、知人が運転する車の後部座席で、俊くんは眠っていた。突然の、衝撃。だが、何が起こったのかわからなかった。意識がもどったとき俊くんは、事故で頸椎損傷をし四肢麻痺になったことを知る。以来、毎日ベッドの上で、天井ばかりを見て過ごした。 「生きている感じがしなかった。ぬけがらみたい。早く死にたいなあって思っていました」  絶望の底にいた俊くんは、けれど病院で、一人の友を得る。同じ苦しみを抱えた彼とは心を通わせることができた。その後、4度の手術を経て退院した俊くんは、将来のためにと勉強を始めたことも幾度かあったが、どれも長続きしなかった。どこか投げやりだった。  そんな俊くんを、お父さんはよく外に連れ出した。「俊明、競艇を見にいくぞ」「家族でハワイにいこう!」。お父さんは、人生をいきいきと楽しむことを大切にしている人だった。 「その父が10年前に亡くなったとき、初めて思ったんです。僕はいままで甘えっぱなしだったなと。これは落ち込んでいる場合じゃないぞ、なんとかしなきゃと、せっぱつまった」  発奮した俊くんが、絵を描き始めてから、8年が経つ。幾つかのコンクールで入賞も果たした。油彩画『暗闇の中の一筋の光』は、事故後に俊くんが退院するとき、病院で得た友人と肩を並べている絵だ。絵のタイトルは、友人への思いであるとともに、俊くんが自身の未来に抱いた思いだ。お父さんとの思い出も、絵のなかで生きている。『水上の格闘技』は競艇の一場面。ハワイを描いた『カルチャーショック』は、海の青さが目に沁みる。  俊くんの絵は、やさしく、あたたかい。やわらかな光に包まれている。 「描くのはたいへんだけど、楽しい。僕の夢は個展を開くこと。もっとがんばらなくちゃ!」  梅宮俊明さんは、今日も絵筆を口にとり、キャンバスに向かっている。  (文・牧野節子 作家)