画家のアトリエ ~インタビュー、ニュースから画家の素顔をご紹介~

  • グループ展に向けて
    Vol.1 やらないで後悔するより、やってみて後悔する方がいい。
    Vol.2 参加メンバーに裏原宿の空気を感じて欲しくて、みんなで下見に訪れました。
    Vol.3 絵を描くことは「好き」を超えた特別なもの
    Vol.4 [特別編]グループ展開催、直前インタビュー
    Vol.5 たくさんの出会いを楽しんだ、初めてのグループ展


  • 青春の激しさと、人生のぬくもり 水村喜一郎

グループ展に向けて

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グループ展に向けて Vol.1 やらないで後悔するより、やってみて後悔する方がいい。
先生と話すのが楽しい。だから絵を描き続けました。
古小路さんが絵画と出会ったのは、病院のリハビリ室だった。
中学校で器械体操をはじめ、オリンピック選手を夢見るスポーツ少年だった古小路さん。そんな彼を突然の事故が襲ったのは、体操の有名校への進学が決まりかけたときだった。第4、第5頸椎損傷。病院のベッドで目が覚めたとき、肩から下の動きはほぼ奪われ、自由に動かせるのは首から上だけという状態だった。
「絵を描くことは、僕に残された運動機能を鍛えるために用意された、リハビリ・プログラムのひとつでした。もともと漫画を描くのは好きだったので『油絵の具を使えば、美術の本に載っている写真みたいにキレイな絵が、誰でも描けるんだ』と思っちゃったんです(笑)。ところが、いざ使ってみるとベタベタするし、使いづらい。始めてはみたものの、当初は、リハビリと時間つぶしのために描いているだけでした」

キャンバスの横に添えられた画材。
退院して自宅に戻ったのは、高校生として過ごすはずの歳月が過ぎ去った後だった。「口と足で描く芸術家協会」から奨学金を得て、プロの先生から本格的な指導を受けるようになったものの、絵を描くことに本気でのめり込んでいたわけではない。他に何もすることがないから--それだけだったという。

女性らしく美しく描くために、
肌の質感などの表現方法を工夫している。
「絵の先生は10歳ほど年上で、僕にとって兄のような存在でした。いつもレコードや映画のビデオを持ってきてくれて、いろんな世界を教えてくれたんです。『絵なんて、所詮、才能がある人のものなんだ』と諦めかけたこともありますが、先生と話すのは楽しいから絵の勉強を辞めたくない。となると、次に会うまでに何かしら進めておかないと気まずいし、途中で投げ出したと思われるのもカッコ悪い。絵を描き続けたのは、そんな単純な動機からです。
でも、先生のおかげで世界が広がったのは間違いありません。映画や音楽、読書など、自宅にいてもやりたいことはいくらでもあったので、逆に、外に出る機会が減ってしまったくらいです。今から思えば“引きこもり”ですよね。10年後に初めて個展を開いたとき、見にきてくれた友達から『古小路、生きてたのか』と言われちゃいましたから(笑)」
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